日本人の宗教観についての感想

私の宗教観

日本人にとっての宗教

 

日本は何かの宗教を信じている人が少ない国であると言われています。
創価学会などの規模の大きい団体はいますが、特にあれが何の宗教なのかは知りません。
団体名の方が有名になってしまっているほどです。

 

また、その分、色々な「派」があるような気がします。その多くが怪しい印象が強いです。
このように、日本人にとっては「精神的な成長や安らぎ」の意味で信じるというよりは、何かに利用されて存在していることが多いのが特徴的だと思います。

 

外国人にとっての宗教

確かに宗教の問題は今、世界中で大きくなってきているように思います。
イスラエルとパレスチナの領土問題もそうですし、アメリカやイギリスにおいてもイスラム教への風当たりが強くなっています。
エジプトの大統領選にも大きな影響力を与えていました。

 

また、イスラム世界においては、女性は外出の際に全身を覆わなくてはいけないといった表面上のこともありますが、運転免許も取れない、仕事も自由に選べないなど、女性の人権問題にも発展しています。

 

一方で、決まった時間には必ずお祈りしたり、断食を行ったりと、自分の日常生活をある程度犠牲にしてまで行う活動については、無宗教が多い日本人にとっては、そういった行動に神秘性を感じることもあると思います。

 

またキリスト教では、スポーツの際に胸に十字を切る行為があり、極限の緊張状態やプレッシャー、もしくは勝敗の結果までもある意味、神に託すことで、自分は競技に集中できるような効果が見られるような気がしています。

 

日本人の多くにとっては、そういった生活に影響するまでの決まりごとや、何かに託すことができる対象が少ないですよね。
そういうものがあった方が良いのか、ない方が良いのか。
答えのない問いをこのサイトでは考えていきたいと思います。

 

介護と宗教の共通点

ローマ法王に選ばれたフランチェスコはアルゼンチンにいた時に、貧しい人たちの家に訪れて、その人達の足を洗ってあげるなど、昔から献身的な行動が評価されていました。

 

ローマ法王になってからの分け隔てない態度を見ていれば、本当に尊敬を集めている人物ということがよくわかります。

 

国民の大半がカトリック教徒であるフィリピン人も、そのホスピタリティが評価されることが多く、昔から日本人に対して癒やしを与えています。
最近では、オンライン英会話でフィリピン人が英語の先生であるという日本人生徒も多く、先生の大半が熱心に教えてくれると評判になっています。

 

そして最近、私が思うのが介護と宗教は献身的な気持ちが土台に必要という意味で、非常に似ていると思います。
おそらく信仰心の厚い方は、介護士になっても、きっと上手くできるのだと思います。

 

私の実家でも親に介護が必要になって家族が介護資格(参考:ヘルパー2級資格取得最短)を取ったりしています。

 

すると、介護に携わっている家族の性格が変わってきたような気がするのです。
非常に献身的になり、何というか徳のある宗教家のような雰囲気になってきたのです。

 

こういったことを身近で目の当たりにしてきて、宗教と介護の間には「献身的」という共通点があることを発見しました。

 

神に頼りすぎるということ

日本人は無宗教の方は多いですが、お正月には初詣に出かけますし、神社やお寺などを敬う気持ちというのは、小さい頃から自然と身についている国民だと思います。

 

それに、日本人の場合は、いざ何かに頼らなければいけない状況が起こった時には神様にお祈りする代わりに「自分の心にお祈り」しているような気がします。

 

「結局は頼れるのは自分だけ」というような思想が核にあると思うのです。
逆に宗教を持っている方というのは、十字を切る動作などからもわかるように神様に祈りを捧げます。

 

どちらが良いのかはわかりませんが、欧米人などは、普段は強い印象がありますが、酷く絶望してしまうような出来事にはそれほど強くないというイメージがあります。

 

これは神様に頼れる以上のことが起こってしまった時に、どうすれば良いのかわからなくなってしまうからではないでしょうか?
日本人の場合は、最後の最後まで自分を信じられる心を持っているので、歴史的に見ても絶望的な状況でも何とか耐えられることが多いのではないかと思います。

 

無宗教であることは、何かと良くないこと。というような意見もありますが、実は目に見えないメリットが、そこに隠されているような気がしてなりません。


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